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inu_zou_p.gif 醤油 たもつさん
 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=504



 われわれは忘れる生きもので、忘れていくからこそ、生きていけるという面がある。けれど、どうしても染みついて取れないよごれのように、良きにつけ悪しきにつけ忘れることのできない瞬間や物事があるのだとおもう。

 たもつさんの2003年に投稿されたこの作品ではそういった人間のありふれた性質のおかしさ、悲しみ、が鮮烈に描写されていて、すごくよかった。醤油を飲みすぎると死ぬらしい。というのは、わたしも小さいときに聞いて、興奮したものですがまず、そこに着目できるところがすばらしい。そういった一見なんでもないようなでもへんてこりんだったり、魅力的なモチーフをみつけることは、作品をつくる上でとても大切なのだとおもう。

 また、コメント欄に「醤油以外の調味料だと感じないかも。醤油だからこそ。」と記されていますがたしかに!とうなづいてしまった。醤油のたたずまいというものがあって、あの塩辛い、けど舐めまわしたくなるような濃い黒の液体。「醤油の海」なんて表現からも日ごろから醤油を偏執的に観察しないとでてこないものを感じて、たもつ氏の食卓を想像してしまう。きっと好きなんだ、醤油が。

 他にも「佐藤君」などにみられるリアリティはすごいなと感じた。顔は知っているし、話したこともある、深くはしらないけれど、でもどことなく苦手。そんな相手を意識してしまう感じ。じぶんにも覚えがあって興味深い。トイレとかで偶然会ったりすると「おう」とか挨拶して、すぐ出ていくような。そんな空気感が封じ込められていてよかった。

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inu_zou_p.gif ルーツ  イシダユーリさん
 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=67667



 わたしは母に似ている、とよく言われる。やせているところとか、身体的特徴が同じなことが多い。姉は父に似ている、けれども、神経質なところは母に似ているかもしれない。家族のことはあまりよく知らないので、ああ、他人なんだな。とおもうけれど、でも、どこか似ているというのは、よく考えるときもち悪いような気がする。なんか生々しい。

 この詩は、匂いでたとえると「生臭い」という感じがした。血だらけで、あぶらとか浮いちゃってる。こってりしている。身体にこびりついてはなれない、なにをしてもべったりと貼りついた「生臭さ」。

 でも質感はすごく無機質で、そのアンバランスさにちょっと驚いてしまう。イシダさんはわりとこういうふうにすることが多い感じです。字面では次へ次へ言葉を並べ立てていくんだけど、言ってることはかなり激しいし、情念系で、見るたびに印象が違う。突き放して喋ってるのに、内容はドロドロしてる。そういうギャップにやられる。

 あんまり理解するのに向いた作風ではないような気がするけど、どんどん置き去りにしてほしい。置き去りにされる感じがこちらとしてはたまらないよな、とおもった。

inu_zou_p.gif すべて取り違えてみた声と体  水町綜助さん
 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=183643
 
 

 このぼんやりとした読後感が妙に心地よくて、おもしろい詩でした。タイトルからもう、内容をそのまま鵜呑みにしていいのかまよってしまうのだけれど、そういう翻弄されることがけっして不快ではないラインでふみとどまっているあたりが、水町さんのたくみなところだとおもう。

  なんとはなしに、ふとあのときのことを思い出したりとか、わけもなくだれかの顔が浮かんでくるとか、日々を生きていくなかでたまに遭遇するあのぼんやりとした感覚によく似ています。思考をなぞると、こんなかたちになるのではないか。とおもわれるような詩でなつかしいような不思議な気持ちになりました。

 やわらかで丁寧な語り口がこのうすぼんやりとした印象のひとつをかたちづくっているようにおもいますが「あすの朝をまちな」で、どきりとさせられる。緩急や強弱をさらりと忍ばせるあたり、見事だなとおもった。ほかにも「ぼた 音もなく土煙」付近での反復、「*」によるシーン変更など、ありがちなんだけれども実は高度なわざなんじゃないかというものを織り交ぜてあって、すごいぞと感じました。

 フレーズでは「その午後は全てでっち上げの15:30でした」のところ。それまでのひかえめな可笑しさが、すきっと上品なかっこよさでおさまってしまう一文だとおもう。それと「ヤマカガシは咬む蛇だった… 毒も飛ばす…なんてことだ…」の2行は本文とはなれた場所にあって、それがまんがのふきだしのようで新しく、ぐっときておもしろかった。

inu_zou_p.gif フリーワールド  田柄さん
 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=182511
 
 

 田柄さんの新作。毎回、こんなことも表現できるのか。と驚嘆するし、意欲的な作品を続々と生みだしていてすごいなあと感じていたのですが、今回もすごかった。世界の本質を鋭い筆致でえがきだしているようにおもいます。わたしは読んで、いろいろなことを考えてしまって、ちょっと胸がいっぱいになってしまった。長くなるけど、以下にかんがえたことを書きます。


 この世界は自由で、自由すぎていやになることがときどきある。人間ってほんとうは自由をおそれているのではないか。おそれているのに、どうしようもなく魅力的でしょうがないのが「自由」なのではないか、とおもう。

 この自由という脅威からなんとか逃れるために、人は規範を求めルールをつくった。人を殺してはダメだし、他人のものを盗ってはだめ。そして、そのルールを守るのも自由だ。けれど守らなかったら罰するよ、というルールをさらにつくった。規範が規範を生み自由な状態からわたしたちは遠ざかってゆく。自由はこわい。なにをすべきか、なにをされるのか、なにがおきるか。なにひとつわからなくなってしまうからだ。

 とはいえ、自由は欲しい。世の中には、不自由であふれていて、こんな常識なくなってしまえばいいのに。とおもうことなんてしょっちゅうある。身分や国籍、さまざまなしがらみから、たくさんの問題がおこる。そんなニュースがながれるたび、ままならない世界だなあと感じる。

 でも、本当はうすうすみんな感づいているのだとおもう。今ある規範が自由の上に成りたっていることを。ある日、突然、秋葉原で事件はおこるし、ある日、突然、ビルに航空機は突入する。それは、自由だからだ。規範というものを度外視して、自由にふるまったからだ。なにかの動機や信念に突き動かされていても、基本的にはそれが自由だから起こった。わたしはそんなとき、自由は、カオスはこわいと感じる。

 そして、それでもなお自由を欲する自分を抑えることはできない。だれかが好きかもしれないあの子と、わたしはなんとかおしゃべりしたりデートをしたいとおもう。そういう気持ちは自由だ。けれど、もしかしてあの子はべつのやつを好きなのかもしれない。わたしのことがきらいかもしれない。それも自由だ。
 
 わたしたちは、様々な自由の元に生きる。生きることは祈りに似ている。叶えられるか、叶えられないかはわからない。あの子がだれを好きになるか、ぼくは何になり、どう死んでゆくのか。なにひとつわからない。そのどう転ぶかわからない感じが、祈りに似ているとおもう。


 ということを、わたしはおもったのだ。すくなくともこのぐらい書いてしまうぐらいの力がこの作品にあるので、ぜひみなさんも読んでみてほしい。すごい!

inu_zou_p.gif からだ  C子さん
 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=179260
 


 わたしとあなたのいろいろな意味での勝負を、からだになぞらえてつづってある詩ですが、これがけっこうおもしろく読めてよかった。冒頭の畳みかけもセンスがよくて続きを読みたくなるつかみになっているとおもう。「せなかは使わなかった」とか名フレーズ。

 どちらかというと、詩的文法にきちんと沿った作風だと感じました。たとえば、わたしとあなたの対比で進む展開。「せなか」や「ちぶさ」といったキーワードが順々に登場して、新たにでてきたワードがどこかに接続される。構造的にきれいに整理された印象でとても読みやすいです。逸脱したり飛躍したり、いくらでも複雑にできそうなのにしないところがすごくいいとおもう。

 男女のちがい、というものはたしかにあってそれに僕らは悩むし苦しむ。でも、苦しむ価値があるからこそ僕らはだれかを愛す。そういう男と女の戦いの原始的な美しさがうまく表現されていてよかった。

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執筆者
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石畑由紀子


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